大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和29年(ワ)269号 判決

原告 大原新一

被告 長谷川三 外一名

主文

被告両名は各自原告に対し金三十八万五千五百円及びこれに対する昭和二十九年八月八日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告両名の連帯負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において被告両名につき各金十万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

原告が昭和二十九年四月四日午前九時頃訴外島田某の運転するオート三輪車に同乗して新潟市船場町六ノ橋附近の交叉点に差しかかつた際、被告長谷川新三の運転するオート三輪車(重量七百五十瓩)が豊照校方向より通称疎開小路を疾走して来て、後方から原告の同乗していた車に斜突し、左側に乗つていた原告の左腕に激突し、このため原告は裂傷骨折の傷害を被り、直ちに訴外長谷川病院に運ばれ、これに入院して診断治療を受けたが、出血多量に加えて、左前膊挫滅粉砕骨折のため左肘関節より三糎の部分で切断の手術を受け同年五月二十八日同病院を退院したこと、及び右事故発生の際被告長谷川は車場は左側通行すべきであるにも拘らず、右側を通行していたものであり、また、通称疎開小路から走つて来た車は前記交叉点の手前で一時停車すべきである(疎開小路の前記交叉点の手前左側にはその旨の公安委員会の標識が設置されている)のにも拘らず、これを無視して疾走していたものであつて、而もそれが無免許運転であつたこと、更に、本件事故が、被告長谷川において被告会社の被用人として、被告会社の業務であるその商品の運搬に当つていた際に惹起されたものであることは、いずれも当事者間に争いがなく、また、被告会社が被告長谷川の選任監督につき相当の注意を払つていたとの被告会社の主張については、その全立証を以てしても遂にこれを認め得ないから、被告長谷川は本件事故がその過失によるものとしてこれにより原告に生じた損害(後記認定のとおり)の賠償義務があるというべく、被告会社もまた被告長谷川の使用者として右損害の賠償義務を免れないというべきところ、原告が本件事故により被つたと主張する損害額につき、前掲請求原因(五)記載の順序に従い、順次検討すれば、

(イ)  について。証人荒木慶市郎の証言及び原告本人訊問(第一、二回)の結果によれば、原告は昭和二十九年五月二十八日前記長谷川病院を退院したが(この点については当事者間に争がない)、その後同年六月より同年十一月頃迄の間何度か温泉に行き療養をし、そのため出費をしていることが認められないわけではないけれども、温泉治療は本件の如き傷害の治療として必らずしも通常予想されるものではないから、そのための出費による出損も本件傷害により通常生ずべき損害とは認められず、また弁論の全趣旨に照して真正に成立したと認め得る甲第六及び第八号証、並びに、証人中山坦の証言を綜合すれば、原告は昭和二十九年八月及び同年九月の二度に亘り新潟県立新発田二ノ丸病院において手術による治療を受けているが、これは前記の左上腕切断手術後に生じた神経腫のための治療であつて、このような神経腫は余り例がなく、このような症状は右手術に関係がないことはないにしても、その発生については事前の予想を許されないものであることが認められるから、右の治療に要した費用として出損があつたとしても、それは本件傷害により通常生ずべき損害とはいえない。従つて以上の損害はいずれも直ちに本件不法行為による損害としてその賠償を求め得るものではない。

(ロ)  について。証人川崎隆志の証言によれば、原告が本件事故による負傷のためその営業である鮮魚商に従事することが出来ないので、已むなく昭和二十九年四月四日以降同月十二日頃迄の間訴外川崎隆志に手伝を求め、その報酬として同人に対し少くとも金三千円を支払つていることが認められ、該出費は結局原告が本件事故により被つた損害といわざるを得ない。

(ハ)  について。原告本人訊問(第三回)の結果によれば、原告は鮮魚商を営み、これにより一ヶ月平均少くとも金三万円の純益を得ていたことが認められるところ、原告は本件負傷のため、昭和二十九年四月四日以降同年五月二十八日迄の間訴外長谷川病院に入院して治療を受けていたことは当事者間に争いのないところである以上、原告は少くとも右期間内は全く家業に従事し得なかつたものと認めるのが相当であるから(これに反する石黒ユキヨの証言は措信できない)、原告は同年四月十五日以降同年五月末日迄の間少くとも金二万二千五百円(一ヶ月平均金一万五千円の割合)相当の利益を挙げ得なかつたことを認めるに難くなく、而も、原告が右の期間全く就業し得なかつたことは、本件負傷の入院治療のためであつて、当然の事柄に属するから、右の得べかりし利益の喪失は本件事故により通常生ずべき損害であると称し得るのであるが、同年六月一日以降昭和三十一年二月末日迄の間については、原告はその間本件負傷のため、就業出来ず全く利益を挙げ得なかつたと主張し、その趣旨の証人大原春枝の証言及び原告本人の供述(第一回)があるけれども、直ちには措信し難く、尤も、前記(イ)において述べた通り、原告は何度か温泉療養を試み、また左上腕切断手術後に生じた神経腫のため二度の手術を受け、これに脳まされていたことが認められるので、そのため、就業を阻害されたであろうことは推測し得ないわけではないけれども、右の温泉療養とか神経腫による就業の阻害ということは本件の如き傷害につき通常予想し得べき事態とは認め難いから、本件傷害による通常生ずべき損害の範囲の確定にあたつては、右の如き事情は斟酌すべきでなく、一応左上腕切断による就業障害ということをのみ考慮すべきであるから、この見地より原告が右二十一ヶ月間における本件事故のため得べかりし利益の喪失額を算定すれば、その額は金二十一万円(一ヶ月金一万円の割合)であると認めるのが妥当と考えられる。従つて原告が本件事故のため昭和二十九年四月十五日以降昭和三十一年二月末日迄の間就業により得べかりし利益を喪失した額は結局合計金二十三万二千五百円であると認められる。

(ニ)  について。本件事故当時における畑二反五畝歩の耕作は原告のみがこれに当つていたとの事実についてはその趣旨の大原春枝の証言及び原告本人の供述(第一回)があり、また、原告の本件負傷後は耕作せられずに放置されていたとの事実については、その旨の同証人の証言があるけれども、右証人の証言及び本人の供述はいずれも措信するに足らず、他に右事実を証するに足る証拠もないから、原告主張の如き畑の耕作不能による損害の発生はこれを認め得ない。

(ホ)  について。原告本人訊問(第一回)の結果によれば、原告は本件事故当時五十二才位であつて、妻の外子供四人を抱え、鮮魚商を営んでいたことが認められ、また、被告会社は資本金二十万円の株式会社であるが、新潟市内の三、四ヶ所のマーケツト及び同市内田中町に店舖を出し、十数人の使用人を雇傭して漬物、食品の加工販売業を営んでいるものであることは当事者間に争のないところであつて、これを前記確定の諸事実と綜合して勘案すれば、原告が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金十五万円を以て相当であると認むべきである。

従つて、被告両名は各自原告に対し、右容認額の合計金三十八万五千五百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることの記録上明白な昭和二十九年八月八日以降完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務のあることが明白であるから、原告の本訴請求は、被告両名の各自に対し右金員の支払を求める限度において、これを認容し、その余はこれを失当として棄却することとし、なお訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条を、夫々適用して主文の通り判決する。

(裁判官 真船孝允)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例